2002年4月 「クロスヘッド」


クロスヘッドは形が複雑で精度も強度も必要であり、これまた厄介な部品である。材料としては磨き鋼、リン青銅鋳物などが使われるが、リン青銅を使う場合はメッキして鉄に見せかけないといけない。磨き鋼から作る場合、形が複雑なのでパーツに分けて銀ロウ付けで組み上げるという手もあるが、ここはオーソドックスにブロックから削り出すことにした。材料は英国から手配したBMS(bright mild steel)だが、削りやすいという印象であった。


【クロスヘッド本体】

加工手順にはいろいろな流儀があるようだが、まず旋盤の正面削りで六面取り(立方体仕上げ)をしたのち、それを基準に全ての加工を行うことにした。1本の材料から左右まとめて加工する。

穴繰り加工
穴繰り加工で、メインロッドのスモールエンドが収まる空洞を掘る。写真では見えないが、空洞は貫通させず、クロスヘッドピンが通る小穴のみ貫通させる。


ブロックの整形
ドリル、糸ノコ、ヤスリ等を駆使して、全体をおおよその形に肉削ぎする。


後部トンネル掘り
中央から切り離して後部の荒削りをし、ドリルとエンドミルで後方からトンネルを貫通させる。


後部曲面仕上げ
ロータリーテーブルに固定して、φ3ロングエンドミルで蝶々形のシルエットを仕上げる。写真は後部だが、前部もブッシュを残して同じ形に仕上げる。X軸と回転軸、すなわち極座標でエンドミルを動かすことで、全体の形が仕上げられるように、形状を設計した。


首部分の荒削り
同じくロータリーテーブルで、先端のブッシュ部分を円筒に仮仕上げする。旋盤で加工すれば簡単なように思えるが、両肩の盛り上がりがじゃまでバイトが入らないのだ。


首部分の仕上げ
先端をカギ形にした自作バイトで、ブッシュ先端のフランジ形状を仕上げる。この後、ピストンロッドをねじ込むネジ穴を開けるのだが、クロスヘッド本体との平行度が重要なので、タップが曲がって立たないように注意が必要である。下穴は中繰りバイトで仕上げ、タップホルダーは使わずに、心押し台のドリルチャックにタップをチャックして、旋盤主軸を手でまわしてネジを切った。


上下溝加工
クロスヘッドにピストンロッドを取り付け、バイスのジョーに落としこんだ角材にピストンロッド側面を乗せて高さを決め、まず片側の溝を加工し、クロスヘッドをひっくり返して反対側の溝を同じ深さまで加工する。すなわちピストンロッド中心線を基準にして、上下の溝を割り心加工するのである。上下の幅は、シリンダー後カバーの幅より0.03mm小さく仕上げた(これがスライドバーとクロスヘッドの遊びとなる)。溝幅はスライドバー材料がガタなく滑る幅に仕上げ、両側の壁の厚さも正確に揃えた。


クロスヘッド本体
完成したクロスヘッド本体。正面の4ヶ所のネジ穴は、クロスヘッド腕(以下参照)から移し開ける。実はここでM2のタップを折ってしまい、焼きなましてドリルで除去し、M2.6に拡大した。たまたま安物のSKS製タップだったので簡単に焼きなますことができたが、ハイス製のタップだと除去は困難である(安物だから折れた?)。



【クロスヘッド腕】

クロスヘッドからユニオンリンクを連結させるための腕がクロスヘッド腕(drop link)である。鉄板を曲げて作るのが一般的だが、正確できれいに仕上げるのが難しいので、ブロックから段差を削り出すことにした。左右2個分をまとめて加工する。

テーパー段差加工
短冊状の材料を旋盤の面板に取り付け、中央部を座繰り加工し、裏返して外周部を削る。外周切削時は、材料にネジ穴を開けて面板の裏からネジ止めし、表面に突起が出ないようにする。最後にテーパー加工で、段差の斜面部分を削りだす。


中央部分仕上げ
必要な穴を開け、糸ノコとフライスで中央部分を細く仕上げる。くびれの肩の部分は事前に丸穴を開けてR(フィレット)を表現した。


リンク先端仕上げ
中央から切断し、リンク部分のRをロータリーテーブルで仕上げる。



【クロスヘッドピンとワッシャ】

クロスヘッド腕部品メインロッドとクロスヘッドはクロスヘッドピン(gudgeon pin)で接続される。ピンを受けるのは、裏側はクロスヘッド本体の穴、表側はクロスヘッドの座繰りにぎりぎり収まるワッシャである。すなわち、1個のブロックからクロスヘッドを空洞に加工するのは不可能なので、表から座繰り加工をしてワッシャでフタをするのである。ワッシャはクロスヘッド腕の下に完全に隠れるので、外観上は見えない。ピンの先端にはネジを切り、あらかじめワッシャとクロスヘッド腕を入れてナットで固定しておく。写真左は、組みあげたものを裏から見たところ。クロスヘッドの後ろからメインロッドを入れ、前からこの組立品を入れると、ピン位置はワッシャによって決められ、クロスヘッド腕をクロスヘッドにネジ止めすると、ピンも固定されることになる。Martin Evans独自のアイデアらしい。ナットは市販のメッキ品だが、例によってヤスリでメッキをはがして使用した。ピンはS45Cを用い、焼き入れ、焼きもどしをした。


【浸炭焼き入れ】

浸炭ライブの下回りの部品はほとんど鋼材で作られるが、同じ材料の摺動は偏摩耗の原因となるので、片方を浸炭焼き入れして改質させる。基本的には交換しにくい(簡単に作り直せない)側の部品を焼き入れする。クロスヘッドはスライドバーと摺動するが、スライドバーはすぐ作り直せるので、クロスヘッド側を焼き入れする。
浸炭剤は工具商から入手できなかったので、英国の模型屋から買った(Kasenitの名で知られる)。黒い粉状のものだが、これを鉄板などの上に盛り上げておき、クロスヘッドをバーナーで赤熱するまで焼き、この粉に押しつけると、粉は溶けてクロスヘッドの溝部分にまとわりつく。この操作を反対側の溝についても行う。再び全体を赤熱するまで焼き、そのまま数分間保持したのち、冷水につけて急冷すれば、浸炭した部分にだけ焼きが入る。表面のみの焼き入れなので、焼き戻しをしなくても割れる心配はない。加熱により全体が黒く変色するので、浸炭させた部分を除いてサンドペーパー等で磨いて鉄の地肌を出す。
クロスヘッド腕のリンク穴も、鋼製のピンと摺動する部分なので、同じ手順で浸炭剤を詰め、焼き入れをした。以上は簡易法であり、工場では、浸炭剤とともに容器に詰め、浸炭温度で所定時間保持して浸炭させ、焼き入れ、焼き戻しを行うようである。


クロスヘッド完成
組み上げたクロスヘッド。クロスヘッド腕の固定ネジは、ヘッドが規格より小ぶりのもの(動輪舎製)を使用した。外観に変化をつけるため、あえて黒染めネジを使った(ということにしておきたい)。



(終)


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